
映画「いってらっしゃいの花」
池袋シネマ・ロサにて
2026年7月25日~公開!
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予告編
INTRODUCTION
概要

”身近な人の死を受け入れること”を主題とし、《突然命を落とした主人公が幽霊になってこの世に戻ってくる》というファンタジックな設定でありながら、日常の延長上にあるかのような手触りを持つ本作。
監督・脚本は、「人の心を救う映画を作る」ことをモットーとし、リアリティのある脚本・演出に定評のある椎名零。「グラデーション」(2020)「ここ以外のどこかへ」(2021)に続き三作目の劇場公開作となる。持ち味である写実性はそのままに、今回はファンタジックでフィクション性の強い作品に挑戦。撮影を担当した河内彰は、「フィア・オブ・ミッシング・アウト」(2020)で知られる映画監督でもあり、幅広いジャンルで独自の世界観を持った映像を追求し続けている映像作家である。
メインキャストを務める森本あお・福田麗・山田ジャンゴら新進気鋭の若手俳優たちに加え、約9年ぶりの映画出演となる須永祐介、インディーズ映画常連俳優とも言える藤田健彦・小夏いっこらも出演。幅広い年齢層の役者陣が集結し、監督との稽古や話し合いを重ね世界観を構築していった。

Story
あらすじ
突然命を落としたあやかは、あの世とこの世をつなぐ「待合室」で目を覚ます。そこで出会った「案内役」の男からこの世に戻る猶予があることを教えられ、幽霊となって父や親友のちあき、婚約者のそうたの元を訪ねるも、誰ひとりあやかの存在に気付かない―――。せめてもう一度言葉を交わしたいと願うあやかと、それぞれに悲しみを抱えたちあきやそうた。彼らは過去を振り返りながら、それぞれに思いを巡らせる。

















Comments
コメント
(敬称略・順不同)
シティの湾岸を音速で駆け抜ける新しき時代の土着型
自主映画少女椎名零監督の新作『いってらっしゃいの花』はその摩訶不思議なタイトルに誘われるかのように今までのどこか知らぬアジアの国の新鋭映画監督作品群を発見したような心躍る映画体験とは異なっていた
ひょんなきっかけで僕は椎名零監督のフィルモグラフィーを俯瞰で追いながら彼女がどういった特徴の作家であるか考えていた一つに「あわい(間)の作家」であるなと思ったりしたそれは男性/女性 都市/地方 現世/あの世 アート/映画 この全てのスラッシュを見る眼差しの作家が椎名零である。
そういえば映画の中で役者が突然静かになって堰を切ったように感情が溢れ出すシーンがあったりする
「あれはどうやって演出したの」と監督に訊くと
「そんな秘伝のタレの作り方教えられませんよ!」と誤魔化されたことをここに記しておきます
やや大雑把だがこれもまたあわいの視点である そんな一粒で何度も美味しい椎名零ワールドをあなたも知って欲しい!と心より思う
下社 敦郎(映画監督)

生きている人も死んでいる人も集うことができる“思い出”という家を
生きているうちにできるだけたくさん建てておこう
「ただいま」って帰るのがしんどい時もあるかもしれないけど
そういう場所がないよりはあったほうがいいだろうから
そんなことを思わせてくれる映画でした
石川 泰地(映画監督)

もし、生と死のはざまの待合室があるのなら――。
人生とは決定的なできごとの連続ではなく、歯の裏に残るふやけたピザまんの皮や、おにぎりを包むアルミホイルのざらつきのような、取るに足らない感触の積み重ねなのだと気づけるのではないでしょうか?
そして、その隣にはいつも大切な誰かの姿があったはず。
寄りすぎず、引きすぎず。優しすぎず、残酷すぎず。
適切な距離を保ちながら誠実に紡がれていくミドルショットの連鎖。誰かと過ごした日の感触を、こうして映画というかたちで再会できる幸福を、『いってらっしゃいの花』は静かに私たちへ差し出してくれます。
……そんな理屈はさておき。
晴れの日はもちろん、雨の日も雪の日もいつも一緒だったO君。今はなきコンビニチェーンSの、名もなきフライドチキンを、またアイツと一緒に三限の古文をサボって食べたくなったのでした。
鹿野 洋平(映画助監督/監督)

映画を観ながら、今はもう会えない人を思った。
別れは予告なくやってくる。それを喪失で塗りつぶすのではなく、日常の先にある節目としてやさしく受け止める。そんな温かみを纏った作品。鑑賞後は、生きている実感がじんわりと残った。
門出に寄り添う花。
流れた涙が、その花の根にも届きますように。
田端 悠(音楽家)

人生は、なんて悲しいんだろう。
きっと
あたたかい記憶があればあるほど
必ず待ちうける深い悲しみを想い、
それでもなお
あたたかい記憶を紡ぎたいと思う。
人間は、なんて馬鹿で愛おしいんだろう。
前田 多美(映画監督・俳優)

大切な人を失った人も、そして見送られた人も、
とにかく登場人物が皆たくさん泣いていました。
でも、それでいいんだと思いました。
本作は、「涙の先に救いがある」と安易に語っていません。
悲しみが消えることも、癒えることも約束しない。
それでも、「それでいいんだよ」と優しくそっと寄り添ってくれるような余韻が残りました。
劇中で繰り返される「いってらっしゃい」という言葉。
それは単なる別れの挨拶ではなく、「また会えること」を信じる、静かで確かな祈りのように感じました。
椎名監督が、この映画を受け取るすべての観客へ手渡した、小さな贈り物なのかもしれません。
悲しみを無理に肯定も否定もせず、ただ真正面から見つめた先で、観る者の心にそっと居場所をつくってくれる、そんな優しさに包まれた作品でした。
水村 美咲 (俳優・プロデューサー )

大抵の自主映画は稼げるわけでもないのに自主的に制作される。低予算による拙さはつきまといつつも、作品数が多すぎると揶揄される映画界で、本作がなぜ作られたかを考える。映画にクレジットされた人々にとって、どんな意味があったのか。それは若き視座から主題である”死”について考えることか。あるいは制作プロセスそのものか。この営みの尊さは否定されるものではない。
歌川 達人(映像作家・研究者・JFP代表理事)

せつないけど、希望に満ちた愛がある作品でした。
愛する人と死別して、是非、再会したいと切望する人は多いのではないか、そんな人の心に刺さる物語に思えます。わたしには愛する友人や家族を亡くした経験があるので、この作品を見て胸が熱くなりました。
瀬戸口佳代 (おおぶ映画祭運営メンバー )

ほっこりする作品に出会えました。私自身、数年前に身内の死に直面して亡くなった人に会いたいと感じたことがあります。あの世に行ったことはありませんが、あの世は、あると、いや、あって欲しいと感じています。リアル感のあるあの世の描写は、「この監督さん、あの世に行ったことあるの?」と思わせてしまうほどでした。死者の気持ちに感情移入しつつ、出会いを期待している自分がいます。
瀬戸口康樹(おおぶ映画祭運営メンバー )













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